人生も逆算

昔、たまたま、確かNHKで、ピーター・フランクルが小学校の一学級で特別授業をする番組を見ました。まず、ピーターが、黒板に双六のようなものを書いて、生徒に勝負を挑みます。ジャンケンをしながら駒を進めて、最後に先にぴったりとゴールにたどり着いた方が勝ちというような、いたってシンプルなゲームでした。ところが、6、7人くらいの生徒がピーターに挑んでも、一人も勝てませんでした。そのあたりで、ピーターがちょっとニンマリとしながら、「実はこのゲームにはコツがあるんだ。」と言います。その後も、また何人かがやはりピーターに負けた後で、一人の小柄な女の子が元気に手を挙げて、ピーターに挑みます。すると、女の子はピーターに勝ちました。ピーターはもう一回やろうと言って、もう一ゲーム。すると、女の子はまた勝ちます。そこでピーターは、「よし、君は分かっているね」と、女の子をほめて拍手をしました。 


それからピーターは解説をするのですが、実はこのゲームは、最初にずっと何回も負け続けるというよっぽどの運の悪さがなく、出だしの何回かのうちに、おさえるべき駒に進めておけば、誰でも必ず勝てるというものでした。そして、ピーターが締めくくりに語ったのは次のような内容です。 「人生も数学であり、逆算だ。自分が人生でやり遂げたいことがあるのなら、逆算をしながら計算式をたてて、やるべきことをやれば、必ず実現できる。」


 一方で、私は、高校生時代に、物理の解説は全く頭に入らなかったけれど、とりあえず毎回、出席はしていた予備校の講義の中でのY先生のお話が頭に浮かびます。そのお話は、 「自然界は、物理の計算通りにはならない。なぜなら、人間は神様ではないから、全ての要素を計算式に盛り込むことができないからだ。」 


ここに、私の思うところを書き述べると、 「ある程度の情報収集と修正を試みていったなら、人生の数式は、やはり、だいたいのところで、やりたいことの実現につながる。けれど、自分にとって大切なものを見失ったままでは、たとえ頑張って数式をたてて努力をしても意味がないか、もしくは数式をたてることができないのではないか。」です。 


近年は少子化で兄弟の数も少なく、一人の子供にたくさんの習い事をさせたり、子供が幼いうちから、子供を将来、留学させる計画を綿密に練りつつ実行する保護者もいたりするようです。私は、何を学ぶにも、ある程度は忍耐強く取り組んでこそ本当の面白さを見出すようになるのだから、そのような体験ができるように、子供の学習環境や学習の機会などで、親が配慮を心がけることは大事だと思います。ですが、自分にとって大切なものを見つけていくのは自分のはずです。子供が自分にとって大切なものを見つけ始めたと感じたのなら、もしくは、自分にとって大切なものを自分で見つけようと意欲を燃やし始めたのなら、親は、そろそろと慎重に距離を置き始めるタイミングではないでしょうか。そして、それは同時に、親が、また新たに自分の人生の生活設計に熱意を注ぎ始めるタイミングでもあるのかもしれません。ご長寿大国日本には、ご長寿大国ならではの悩みもつきまとうように思います。