あの頃は


私が20代の頃に流行ったセカチュー、「世界の中心で愛を叫ぶ」。映画の後に作られたドラマ編の方を、たまたま初回に見て、その後は最終回まで毎回、きっちり見ました。その頃に熱中したのは、やっぱり主人公の高校生、朔と亜紀の展開だったように思うのですが、やけに印象に残っているのは、朔の父親と亜紀の父親が、岸壁に2人並んで話をするシーン。亜紀の父親は、ちょっとビシッとスーツ姿、幾分、距離を置いて、一緒に海を眺めながら座る朔の父親は、ポロシャツか何かのやや寛いだおじさん風だったと記憶しています。先に、亜紀の父親が、朔が思い立って、タキシード姿の朔とウェディングドレスの亜紀の記念写真を撮る計画を練っていることについて話し始めます。亜紀の父親は、

「うちの娘は、もう長くないかもしれません。私が朔君の親だったら、そんな写真を撮ることに反対すると思います。」

と言います。すると、朔の父親は、ぼんやりと海を眺めたまま、

「そうですかねぇ。また、こんな風に幸せそうに笑いたいって、思うんじゃないですかねぇ。」

と、のんびりと返します。


もう一つ、私が20代の頃に見て記憶しているもの。大学に通うのに使っていた電車の中吊りに、雑誌のキャッチコピーを募集する広告が出ていました。大賞の賞金が100万円だったかで、何か思いつかないかなぁと考えながら眺め、数ヶ月後に発表された大賞作品を、確か、何かの雑誌で見ました。大賞作品は

好きな雑誌はなんですか?

でした。最初に見たとき、なんだかハイセンスかなぁと思いつつ、雑誌のよさをアピールする文言が抜けているような感じで、ちょっと呆気にとられたようにも思いました。でも、問いかけてくるところになんだか温かみもあって、それでいて並ぶ雑誌に目を向けてと誘ってもいるんだなと、そう、今の私は感想を書きます。


大人になって、大事な公的書類を自分で書く機会も、特に家庭をもってから増えました。だけれど、気がつくと、自分が問いかけられる機会は滅多にないないような気さえ。

大人って自由でいいな

という子供時代の呟き、大人になったからではなく、なんだか遠のいて、しみじみと思い出せないような。


2週間ほど前だったか、私が洗い物をしていて、ちょっと視線をあげたら、主人がいつものように、ソファに寝そべって、iPadで調べものをしているようでした。

「何を調べているの?」

ときいたら、なんだったか、昔懐かしのキーワードみたいなのをボソッと言いました。で、私が、なんとなくの思いつきで、

「あの~頃は~よかったねと~、言いって~過ごしたくな~い」

と、槇原敬之のサビを歌ったら、主人がガバッと起き上がって、咄嗟に、

「ごめんなさい」

と言っていました。マッキー、いい歌作るなぁ。